2024.3.30-31 2023年度全体研究集会(春)

 2022年8月11日、12日に最初のキックオフミーティングが開催されてから早くも1年半。2024年3月30日、31日に全体研究集会が開催されました。

 現在進行中の研究も、一部では成果のまとめ、発表が盛んに行われるようになってきました。その一つが、2024年3月14日から15日にかけてローマ・トル・ヴェルガータ大学にて「Anthropocene Calling」と題したローマ国際会議です。今回の全体研究集会では、京都大学の二宮望(RA)さんより報告がありました。

失われたラファエロ・サンティ(1483年~1520年)の素描にもとづく、16世紀(1475年ごろ~1534年ごろ)の版画家・マルカントニオ・ライモンディの版画《パリスの審判》
フランスの画家、エドゥアール・マネ(1832年~1883年)による《草上の昼食》。ラファエロの《パリスの審判》の右下に描かれている3名を参考に制作されたとされる

 日本からは、中村靖子先生、大平英樹先生、武田宙也先生、池野絢子先生、山本哲也先生、二宮望先生、岡田温司先生(本プロジェクトによるご招待)が参加しました。ローマ国際会議では、「人新世」のあり方を浮き彫りにするようなそれぞれの研究が発表され、活発な議論が交わされました。そのうちの一つ、二宮さんの発表は、美術史家・ヴァールブルクの研究についてでした。盛期ルネサンスを代表する画家・ラファエロが描いた《パリスの審判》をもとに、同時期の版画家・ライモンディによって制作された銅版画があります。19世紀の画家・マネはこの作品を参考にして《草上の昼食》を描き上げました。これを見たヴァールブルクは、時代を経るごとに太陽の神や雷の神といった、神の存在が描かれなくなっていくことに着目。ここに、科学の進歩によって自然を飼いならしていく様を見出したのでした。二宮さんは、「神が描かれなくなっていった背景にはもっと複雑な事情があるのでは」、と話しつつも、ヴァールブルクを例に文明と自然の変わりゆく関係性について話題提供を行いました。

 全体研究集会ではその後も大変興味深い発表と活発な議論が続きました。南谷先生がオーガナイズした第3班の発表では、奈良先端科学技術大学院大学の日永田智絵先生、大阪大学の大道麻由さんがご来訪されました。それぞれ、「感情モデルの開発~感情理解に向けた構成論的アプローチ~」、「物語を共有するロボット」と題した研究発表が行われました。

 2024年度も、ハワイパネルや世界哲学会議など、世界をまたにかけてAAAプロジェクトメンバーが活躍する予定です。

(文責:綾塚達郎)

2024.2.22 第3班の第5回班別会議

2024年2月22日、オンライン(Zoom)にて第3班の第4回班別会議が開催されました。(参加者/敬称略:池田慎之介、和泉悠、大平英樹、ソニア・ザン、鄭弯弯、中村靖子、南谷奉良、宮澤和貴)本班別会議では各班員の2023年度の進捗報告に加えて、班員である宮澤和貴先生が登壇される共催企画の第6回終わらない読書会についての打ち合わせ、次期テキストマイニング講習会及び叢書刊行企画会議の日程調整が行われました。2023年度の第三班の活動成果は極めて順調で、ロボット、生成AI、痛みと可傷性、主体化と言語獲得のモチーフを通じて、当初の目的である班員間の異なるディシプリンを研究内容面で関連させることが実現しつつあります。また、予定していた年2回の班別研究会議と第4班との合同研究会も実施することができ、着実に人文知と自然科学の連携が取れてきていることを実感できています。

🌟南谷奉良

2023年5月31日に実施したテキストマイニング講習会(講師:鄭弯弯氏)と第3・4班合同企画『悪口ってなんだろう』(和泉悠著)合評会の成果を通して、Kazuo Ishiguro, Klara and the Sunについてのテキストマイニング分析を8月27-28日の第3回研究集会で発表した。業績成果としては、第三班のキーワードである「痛み」に関連した論文を、京大英文学会誌のAlbionに投稿し、2023年11月に掲載された。共催企画の「終わらない読書会」の第5回目を実施し、伊藤琢麻氏(ソルボンヌ・ヌーヴェル大学博士課程)と、コメンテーターとして森田俊吾氏(奈良女子大学・専任講師)を招聘して若手研究者のネットワークの拡大を図り、生成AIによる作詩の可能性とダダイズムの特質を議論した。同読書会については第6回目を3/15に開催し、本班員の宮澤和貴氏を講師として、Klara and the Sunをロボットの言語・概念学習の観点から読みなおしを行う予定である。人工知能関連では、人文知を活用した生成AIをテーマとする京都大学公開シンポジウムを12/10に開催し、オーガナイザーを務めた。同シンポジウムには、AAAの第5班の山本哲也氏をパネリストの一人として招聘し、科学技術史、ゲーム文化学、地理学、英文学、臨床心理学・心理情報学の観点から、生成AIの多様な応用可能性と諸問題について議論を行った。生成AIについては開発の速度が極めて早いことから、関連する主要な出来事と応用可能性と問題についてフォローアップする必要があり、「孤独とロボット」の問題を研究しているソニア・ザン氏(大阪大学人類学部招聘研究員)にニュースのリスト化作業を時系列順に進めてもらっている。

🌟和泉悠

2023年前半に開始した、児童向けアニメ作品『ひろがるスカイ プリキュア』『ポケットモンスター』の会話文書き起こしデータの作成を後半においても進めた。それぞれ30話程度の書き起こしを行い、あわせて1万5000件程度の発話データを収集した。今後分析を進めていく。

 デジタル社会における有毒・有害な言語についての研究成果をまとめ、AAAの他のメンバーとともに国際会議にて発表する準備をおこなった。2024年度に開催される2つの国際会議に、要旨を提出し、採択された(World Congress of Philosophy in Rome 2024年8月、The 12th East-West Philosophers’ Conference 2024年5月)

 ヘイトスピーチといったオンライン上の有毒・有害な言語に対抗するひとつの手段として、ホープスピーチと呼ばれる言語の側面についての研究が英語や南アジアの言語を対象として始まっているが、日本語を対象とした研究はまだ存在しない。そこで日本語YouTubeコメントで構成されるデータセットを作成した。その成果は言語処理学会30回年次大会(2024年3月)で発表される。

🌟池田慎之介

2023年度は、2022年度に実施した2件の研究を査読付き国際誌に投稿した。1件はSocial Psychology and Society誌に採択となり、現在印刷中である。もう1件はPsychologia誌に採択され、既にAdvance online publicationとして公刊されている。また,ChatGPTがヒトの意思決定に及ぼす影響について新たに1件の調査研究を実施し、現在得られた結果を解析中である。更に、他班の2名と共同研究計画を立て,民間財団の助成へと申請を行った。この研究は、VR環境下で個人のセクシャリティの変容を検討するものであ、AAAプロジェクトでの研究を押し広げるものとなる。加えて、今年度より着任した金沢大学において、子ども研究を行うための環境を構築した。これにより次年度からは,スムーズに子どもを対象とした実験が行えるようになった。

🌟 宮澤和貴

第41回日本ロボット学会学術講演会にてオーガナイズドセッション「OS20:大規模言語モデルとロボティクス」を開催した。1件の基調講演と、7件の一般発表が行われ、大規模言語モデルとロボティクスの接点について幅広く議論した。今後は言語に限らず視覚や聴覚、ロボットの制御についても議論を広げていく。また、性格を付与したChatGPTによる対話誘導に関する研究を進めた。ポジティブやネガティブなどの性格を付与したChatGPTを用いて、ChatGPT同士での対話実験を行い、対話相手の発言をポジティブに誘導できるかを検証した。さらに、大規模言語モデルへの罵倒に関する研究の準備を進めた。ロボットの身体に根ざした痛みの理解に先立ち、大規模言語モデルが言語的な痛みをどのように理解し、痛みを伴う言葉がどのようにモデルの出力に影響を及ぼすのかを検証する予定である。

中村代表が人社委員会で報告してきました

 科学技術・学術審議会学術分科会 人文学・社会科学特別委員会(第 21 回)において、中村代表が人文知共創センターの活動について報告しました。https://www.mext.go.jp/content/20240126-mxt_sinkou01-000033699_00.pdf

 これに関して、名古屋大学人文学研究科の周藤芳幸研究科長が「研究科長だより」で紹介して下さいました。

1 ⽉ 26 ⽇には、⽂科省の科学技術・学術審議会学術分科会の第 21 回⼈⽂学・社会科学特別委員会がオンラインで開催され、中村先⽣が「⼈⽂知共創を⽬指すために」というタイトルで講演をされました。せっかくなので、プログラムの全体を紹介しておくと、はじめに⼀橋⼤学経営管理研究科・イノベーション研究センターの軽部⼤教授から「我が国の⼈⽂学・社会科学の国際的な研究成果のモニタリングについて」という話題提供があり、そこでは、SciVal による分析に研究者へのインタビューを加味することで⼈⽂学・社会科学の研究成果の国際性を可視化する試みが提⽰されていました。おもしろかった(?)のは、「いまどき専⾨書を刊⾏することが研究業績になる分野があることを今回のインタビューで初めて知った」という発⾔で、これには、さっそく井野瀬久美恵さん(イギリス近現代史・ジェンダー史で有名な⻄洋史の⽅)が、「歴史学では研究成果を⼀冊にまとめることが就職にあたって重視されているが、これからは変わっていくのか」、と質問をされていました。これに対しては、「⼈社系と⼀⼝に⾔っても、体系性を重視する分野とそうでない分野(単発的な新知⾒が重視される分野)があり、前者では著書が重視されるのではないか」という返答があり、さらに様々な議論が交わされていました。とくに⽬新しい意⾒があったわけではありませんが、テクノロジー(とりわけ翻訳ツール)の進化が現状では無に等しい⽇本語で書かれた研究の国際的な評価にどのように貢献しうるのか、そもそも評価と資源配分との関係はいかにあるべき かなど、活発な意⾒交換が繰り広げられていて、なかなか刺激的でした。さて、肝⼼の中村先⽣のご報告については、とりわけ⼈⽂知共創センターの活動における中村先⽣の卓抜し たリーダーシップに対して、委員の先⽣⽅から⼝々に賛辞が寄せられていたのが印象的で、私も傍聴しながらとても誇らしく感じた次第です。中村先⽣、岩﨑先⽣、鄭先⽣のご尽⼒に感謝するとともに、引き続き部局として⼈⽂知共創センターの活動を⽀援していきたいと 考えています。

「研究科長だより 19」(2024年2月14日発信)

プロジェクトメンバーの伊東剛史先生、平田周先生、中村靖子先生の論文が『現代思想2023年12月号 特集=感情史』に掲載されました

関連サイト:青土社 ||現代思想:現代思想2023年12月号 特集=感情史 (seidosha.co.jp)

🌟伊東剛史先生「ひらかれた感情史のために」pp.26-35

 伊藤先生は、歴史学における、そして歴史学に対する感情史の役割について論じられました。歴史学が構築してきた知識生産のプロセスに私的な感情が入り込む余地を与えることは、史料の批判的読解が感情移入によって侵食されるという危険性を持つ一方で、言論空間において抑圧され、表現されなかった感情へと迫る契機となる。本稿では、こうした感情史の二面性を分析し、感情を歴史叙述のなかにどのように位置づけるべきかを考察されました。

🌟平田周先生「ある「世俗的心理学カテゴリー」が辿り着いたひとつの場所」pp.121-135

 平田先生は、心理学の理論及び実践と、社会との相互作用的な展開という観点から、感情を巡る過去と現在を結びつける枠組みを示されました。まず、イギリスにおける近代化の過程の中で、神学的な概念としての「情念(passion)」や「情感(affection)」に対して、科学的概念としての「感情(emotion)」という心理学的カテゴリーが確立した歴史を概観し、次いで現代の資本主義体制のもとで、心理学が提出した知見が生産活動や日常生活の合理化のための感情を管理する手段として用いられるようになった経緯を分析され、感情に関する歴史的分析が社会の仕組みを考える上で果たす役割を考察されました。

🌟中村靖子先生「言葉と感情、言葉とツール」pp.189-200

 中村先生は第一に、ドイツ語におけるReiz(刺激)という語を巡る生理学の歴史を概観し、神経系が持つ刺激の受容(ネガティブ)と蓄積された興奮の放出(ポジティブ)という2つの原理が、生の根底的な原理として、あるいは感情の基盤として解釈されうることを確認されました。次に、文学作品の言語表現から感情を取り出す試みとして、リルケ『マルテの手記』に対してセンチメント分析を行いました。まず各文のネガティブ、ポジティブ、ニュートラルの確率からなるセンチメントスコアを算出し、そのスコアの推移をテクストから読み取れる主人公マルテの感情の変化と対比することで、マルテが世界からの刺激をどのように受け取り、そうして神経系の内部に蓄積された感情をどのように言語として放出したかのかを考察されました。

 (文責:大阪大学大学院人文学研究科 博士前期課程1 年  葉柳朝佳音 )

2023.12.27 第1班の第3回班別会議

2023年12月27日、名古屋大学人文知共創センター室にて第3回理論班会議が開催されました。

 中村靖子先生は、リルケの小説『マルテの手記』の原文(ドイツ語)に対するセンチメント分析の実践を紹介し、文学作品に対するセンチメント分析の可能性を示されました。この研究をさらに展開させた、鄭先生との共同研究の計画とその進捗についても報告されました。

 鄭弯弯先生は研究の構想として、データを分析する際に有効な変数を抽出する特徴選択の新たなモデルを提案し、解釈性と実用性を向上させること、及び語彙の豊富さの測定に関して語彙の多様性、密度(内容語の割合)、洗練性(高度な単語)という三つの尺度を包括する新しい指標を構築することなどを示されました。また、センチメント分析の実践として、景気の善し悪しについての公式スコア(人間による評価)と、既存のLLMモデル及び新たに作成したモデルによるセンチメントスコアを比較した研究について報告されました。

 鈴木麗璽先生は、日本シリーズ阪神オリックス戦期間におけるSNS上のポストのポジティブ・ネガティブの度合いをセンチメント分析によって数値化し、さらにChatGPTとMusicGenを用いた楽曲生成によってそれを可聴化した実践について報告されました。関連して、大規模言語モデルを用いて自然言語表現と行動戦略を結びつけることで、人間の行動の根底にある性格や嗜好のような、数理モデルで直接扱うことの難しい複雑で高次な特徴をモデルに組み込むアプローチや、文化的な形質やその進化の表現に生成モデルを利用する試みについて発表されました。

 大平健太先生、大平徹先生は、自己フィードバックの遅れにともなう共鳴現象を表現する遅れ微分方程式を提案し、その解の挙動について紹介されました。また、捕食のモデルを表すロトカ・ボルテラ方程式を例に、時計を表す関数が含まれないにも関わらず捕食者(山猫)と被捕食者(うさぎ)の個体数に増減の周期が生じることを示した上で、そこに時間や遅れを導入して両者の相互作用を表現する試みについて紹介して頂きました。

 金信行先生は、イギリスの理論物理学者ホーキングを中心とした知識生産のプロセスを分析したH. ミアレの論文『ホーキング Inc.』を紹介されました。知識生産に関わるアクターを明らかにすることで、AI技術が問い直す人間の役割について検討するとともに、科学における知識生産のプロセスを相対化してきたSTSにいてANTがどのような役割を果たしうるかについて議論されました。

 田村哲樹先生は、情報化社会において、民主主義はいかなる意味で「民主主義」であり続けられるのか、その可能性について論じられました。人工知能民主主義というアイデアを取り上げ、権威主義の危険性及び人間排除の志向性という観点からの批判を受け止めつつ、包括性・代表制・決定性という三つの要素に注目してその民主主義的・非民主主義的性質を分析されました。

 平田周先生は、神学的な概念としての情熱(passion)に対する、科学的概念としての感情(emotion)という語の確立に注目し、感情概念と社会との相互作用的な展開を分析されました。また、現代のフランスにおける感情に関する研究の動向について報告され、アフリカのアニミズムから人間と地球の関係を探求したAchille mbembeの論文 “La communauté terrestre”を紹介されました。

 第3回の会議では、第2回の会議で共有された知見をもとに、そこから分野間の連携をさらに強めるかたちで研究が展開されてきたことが確認されました。それぞれの報告の後の質疑応答では、より具体的で活発な共同研究の構想について議論が行われました。

(文責:大阪大学 人文学研究科 博士前期課程1年  葉柳朝佳音)

2023.8.27-28 2023年度全体研究集会(夏)

🌟8月27日(日)

 ある本を名著たらしめる特徴とはいったいどのようなものでしょうか。

 社会を深く洞察したテーマ設定、フィクションなのに「本当にありそう」と思わされるキャラクター描写、一貫して論理のブレが無い人物関係性など、言葉にしやすいもの、しにくいもの含め、様々な特徴が考えられます。

 カズオ・イシグロ氏による名著『クララとお日さま』では、少女ジョジーと、AF(Artificial Friend:お友達ロボット)のクララを中心にさまざまな人間模様がくりひろげられています。人工知能やロボットが圧倒的なスピードで私たちの社会に組み込まれていく昨今、そうした新しい存在との付き合い方や私たちの在り方を、物語を通じて問い直される一冊です。

 研究集会の一部として、南谷奉良先生がテキストマイニングの手法をもちいてこの著書の解析を行った研究結果について発表しました。たとえば「お母さん」という単語に対し、ジョジーはアメリカ英語の「Mom」、幼馴染のリックは「Mum」といった具合に表現を一貫して使い分けていることがわかり、イシグロが人物の呼称に細心の注意を払って区別していたことが例証されました。

 読書中、読者がはっきりとは認識しなかったとしても、どこか社会の縮図を表しているような納得感のある物語展開を感じさせられる理由の一つは、こうした細かい表現の徹底が効果的に働いていることにあるかもしれません。テキストマイニングという手法が、今までは定量的に解析できなかった文学の特徴を炙り出す強力な武器となる可能性が共有されました。

 一方、ただ新しい手法を導入するだけでは受け入れられないと南谷先生は話します。テキストマイニングを用いたうえで、その計量データをテクストに差し戻し、どんな新しい解釈が可能になるのかについて、さらに検討がなければなりません。たとえば、シリアスな場面で叫ぶ「Mom!」と、何気ない日常で呼びかける「Mum」は、その単語に含まれる意味の重みづけを同等に扱い、同じ1単語として計算しても良いでしょうか。テキストマイニングが炙り出す事実はいったい何を表すのか、どのような文脈で新しい価値の再発見となっているか、つねに考察を深める必要があります。

 今回の南谷先生の発表テーマは、物語のなかで登場人物に対してどのような呼称が用いられているかに着目したものでしたが、そのテーマは第3班・和泉悠先生の著書『悪口ってなんだろう』(ちくまプリマー新書)に着想を得たものでした。新しいものは積極的にとりいれ、かつその手法がどのような特徴を持つのか慎重に吟味する。さらには分野をこえ、新しい人的交流を取り入れ、さまざまな観点からテーマについて議論し合い、新しい研究を生み出す。当プロジェクトはこうした循環を生み出す体制作りを着実に行っています。(文責:綾塚達郎)

🌙3班4班合同テキストマイニング報告

 中村靖子先生からは、リルケ (1910)における語り手の感情の変化が、一文ごとにセンチメント分析によってどのように表されるかという研究について、現在の進捗をご報告いただきました。現在進行中である『マルテの手記』のドイツ語の原文の分析に加え、複数の日本語訳の間でどのような感情表現の違いが見られるかについてもテキストマイニングを用いて定量的な分析を行えるのではないかとして、今後の展望を示されました。

 鳥山定嗣先生は「『源氏物語』の現代語訳のテキストマイニング 与謝野晶子訳と谷崎潤一郎訳の比較」と題し、『源氏物語』の現代語訳のうち、一般に「男性的」と評価される与謝野晶子訳と、一般に「女性的」とされる谷崎潤一郎訳それぞれの特徴を、ワードクラウド、箱ひげ図、ヒートマップなどを用いた分析によって可視化する試みについてご報告されました。

 南谷奉良先生は、「登場人物の呼称と「悪態」からみる『クララとお日さま』――テキストマイニングとChatGPTによる応用的読解」と題し、カズオ・イシグロの小説『クララとお日さま』(2021)を扱ったテキストマイニングの実践例をご紹介されました。その際、罵り言葉を学習するヨウムや、コロナ禍における罵り言葉の増加を例に、言語獲得におけるミラーリング行為の問題や、悪態がもたらす心理的効果を取り上げ、それらを踏まえて、呼称、罵り言葉、卑猥語などに注目した登場人物ごとの語彙の定量的分析による、新たな作品解釈の試みについて報告されました。

 質疑応答では、テクストの統計的な処理に基づく感情表現や人物像の分析という観点から活発な議論が交わされ、文学研究と心理学の関連性や応用可能性についても言及がなされました。(文責:大阪大学大学院人文学研究科 博士前期課程1 年  葉柳朝佳音 )

🌟8月28日(月)

2023.6.18-21 呼吸哲学学会参加報告

 第5班のメンバー池野絢子は、2023年6月18日から21日にかけてスロベニアのポルトロシュで開かれた国際学会Respiratory Philosophy: A Paradigm Shift in Philosophyに参加しました。

 私たちの生にとって根本的なものであると同時に、あまりにも身近な現象である呼吸は、これまで西洋哲学の領域で中心的なテーマになってきませんでした。しかしリュス・イリガライやペーター・スローターダイクを先駆として、近年では哲学の分野でも研究が進んでいます。本学会はスロベニアのZRS Koperと神戸大学のKOIAS(神戸雰囲気学研究所)の共催によって開催され、非西洋圏の空気や雰囲気をめぐる議論をも広く参照しながら、従来の哲学のありかたを問い直すことを目指したものです。

 池野はKOIASのメンバーの一人として本学会に参加し、Figures of Breathing in Contemporary Art: The Artist as a Bricoleurと題した研究発表を行いました。20世紀以降の芸術家たちが空気や呼吸という、形のないものをどのように表現してきたか、そしてとくに1960年代の芸術家たちが呼吸のテーマにいかなる意味を見出そうとしたかを検討する内容です。空気、特に空気の動き(風)をいかに表現するかは芸術家たちが幾世紀にもわたって取り組んできた課題ですが、本プロジェクトとの関連で考えると、人新世時代の芸術における空気や大気の表象についても考えることができるように思いました。第五班の主催した岡田温司氏によるセミナー(2023年2月18日)はまさにそうした内容でしたが、本学会とちょうど同時期にヴェネツィアのプラダ財団でも人新世時代の気候変動と芸術をテーマにした展覧会Everybody Talks about the Weatherが開催されており、芸術の領域における関心の高まりが伺えます。他方で、呼吸は決して人間だけの営みではないので、それを人間以外の生物と人間との関わり(政治)のなかで考えてみる必要性を、本学会を通じて感じました。今回得られた知見は、第五班が2024年3月にローマで開催を予定している国際シンポジウムに向けて深めていきたいと考えています。

 4日間にわたる学会では、参加者の研究発表のみならず、呼吸を感じるワークショップやコンサートも開催され、終始リラックスした雰囲気のなかで進められました。なお、本学会での研究発表は、JSPS科研費19K13014の助成による成果であることを付け加えておきます。(文責:池野絢子)

2023.9.18 第3班特別会議

 2023年9月18日に大阪大学にて、第3班特別会議が開催されました。本会議では、大阪大学長井研究室のロボット研究環境および実際に動作するロボットの見学が行われました。

 ロットの温度、動き、サイズ、対面時の印象などを確認し、参者同士で議論を行いました。その中で、ロボットの故障や廃棄に関する話題も上がりました。このようなロボットが持つ脆弱性に関する議論は、第3班のテーマである”個人の主体化における脆弱性の意義の追求”に関連して、ロボットがどのように利用可能かについての考察に繋がり有意義でした。また、ロボットの言語獲得モデルに関する研究について宮澤が説明しました。知能ロボットを作ることで人間を知るという構成論的アプローチや、ロボットの言語獲得モデルの具体的な計算モデルについて、参加者の間で理解を深めました。加えて、長井研究室修士2年の日紫喜氏からは大規模言語モデルを用いたロボットの行動理由の説明に関する研究紹介があり、山本哲也氏からは2023年9月15日〜17日に行われた日本心理学会第87回大会での発表について、ChatGPTを用いた研究を中心に紹介が行われました。本会議を通して、第3班の研究におけるロボットや言語モデルの利用方法について、大変有益な洞察を得ることができました。(文責:宮澤和貴)

2023.8.16 『悪口ってなんだろう』(和泉悠著)合評会

 8月16日京都大学にて、研究会メンバーのひとりである和泉悠の新刊『悪口って何だろう』の合評会(表題「悪口と社会的痛み」)が開催されました。

新刊『悪口って何だろう』(ちくまプリマー新書)の概要

 本書は、研究会メンバーでもある著者和泉悠が行っている、言語のダークサイド研究を一般向けに解説したもので、特に「悪口」と日常的に呼ばれるものに焦点を当てています。「悪口はどうして悪いのか」「どこからどこまでが悪口なのか」「悪口はどうして面白いのか」という3つの問いに答えながら、悪口はヴァーチャルな劣位化(ランク付け)である、という主張を展開して擁護しています。

合評会での議論

 合評会では、参加者の全員から非常に有益なフィードバックを受け取りました。参加者全員が、英文学や発達心理学やロボット工学といった自身のフィールドをそれぞれ有しているため、哲学・言語学を研究背景とする和泉にとってとても新鮮なコメント・意見・批判が提示されました。本書では検討しきれなかったテーマや具体例などが数多く示され、それをきっかけとして活発な議論が行われました。

 ハイライトを紹介します。本研究会のテーマの一つと関連して、会話AI、自動掃除機やスマートスピーカーなど身近に存在するロボット、今後普及するかもしれない人間型のヒューマノイドが取り上げられました。そうした機械・人工物に向けられる悪口、そしてそれらが使う言語の特徴について議論が行われました。重要な観察として、『クララとおひさま』において、そうした機械がどのように記述されているのかという例が参照され、和泉による悪口の「ランキング/劣位化説」の観点からそれらの例がうまく理解できることが指摘されました。

 他にも、マイクロアグレッション、ヴァージニア・ウルフの女性差別批判、太宰治の自虐、類人猿や子どものランキング理解、ドーパミン回路と悪口の依存性といったテーマで活発な議論が交わされました。今後さまざまな媒体でこうした議論の成果を発表していく予定です。