2024.3.31 第4回全体集会 理論班セッション

 金信行先生は現在までの研究成果として、H. ミアレの論文『ホーキング Inc.』(2014)を基に、科学技術社会論(Science, technology and society, STS)におけるアクターネットワーク理論(Actor-network-theory, ANT)の役割について提案されました。金先生は、知識生産におけるAI技術と人間の関係を考察する上で、人間・非人間を含めた声なきアクターを、知識生産のネットワークを構成するものとして捉え直す枠組みとしてANTの重要性を指摘しています。また今後の目標として、ブロックチェーンとそれを基盤とするNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)が、デジタルアートにもたらす影響についてELSI(Ethical, Legal and Social Issues: 倫理的・法的・社会的課題)の観点から研究するという展望を示されました。

 討論ではアクターネットワーク理論による記述の限界が指摘され、それをいかにして乗り越えるべきかが議題となりました。

 田村哲樹先生は、「「方法論的国家主義」なき熟議的民主主義のために」というタイトルで、従来の熟議システム論についての批判的な考察を発表されました。熟議民主主義の現実的な制度化を検討する上で、これまで熟議システム論の立場からはフォーラム中心的な熟議民主主義の捉え方が批判されてきました。田村先生はこうした批判の意義と射程を確認した上で、そこでもなお国家や政府を中心とした民主主義観が前提とされていることが指摘され、そうした方法論的国家主義を乗り越えるために、従来の「マクローミクロ」図式によらない、「同時並行的」に作動する複数の熟議システムという、修正された熟議システム論を提案されました。

 討論では、熟議システムの構成単位について疑問が投げかけられ、いかにして熟議システム論においてシステムの境界線を規定するのかについて議論がなされました。

 大平徹先生・大平健太先生は、手に乗せた棒のバランスを取る課題や、目を閉じた状態で身体を直立に保つという課題において、身体に一定のリズムを持った刺激を与えることが課題の実行を容易にする場合があることを示した実験を紹介し、生物にとって自己フィードバックの遅れが持つ積極的な意義を考察されました。また、複数の振動による遅れの相互作用が個々の振動よりも遥かに大きな振動を生み出す現象を数学的に記述する試みとして、解を持たないとされる従来の遅れ微分方程式に対し、解を持つ、あるいは高い精度で解を推定できる新たな遅れ微分方程式を提案されました。

 討論では、ノイズとなる刺激を与えることがクローズドなフィードバックループ(鋭敏性)を緩める働きを持つという点に関心が集まりました。

 鄭弯弯先生は、「文学作品の感情分析の予備実験」と題し、既存の言語モデルが文学作品の感情分析に適応可能かを検討した研究を紹介されました。『グリム童話』「七羽のカラス」の日本語テクストについて、複数の言語モデルを用いて文ごとのセンチメントスコアを算出し、それぞれのモデルによって算出されたスコアを、テクストから読み取れる感情の変化、及び各文のベクトルと比較し、それぞれの言語モデルの特徴や欠点を指摘するとともに、文学作品の感情分析に適した新たな言語モデル構築を構築する必要性やそれに向けての課題を示されました。

 これに対しオーディエンスからは、テクストの感情分析において「感情」とはだれの感情なのかという疑問が寄せられ白熱した議論が交わされました。

 平田周先生は、この研究会の理論的柱となっている、ブルデューとラトゥールの2つの社会学的立場をどのように調停するべきかという問題について報告されました。平田先生は個人の行為に先立つ知覚や評価の図式が社会環境によって形成されると主張するブルデューの「社会的なものの社会学」と、人間と非人間のアクターの「集合体」の記述によって社会を捉えようとするラトゥールの「連関の社会学」を比較して両者の争点をまとめ、両者の議論を接続する必要性があることを示し、その接続のための条件についての考察を発表されました。

(文責:大阪大学 人文学研究科 博士前期課程2年  葉柳朝佳音)