2023.8.27-28 2023年度全体研究集会(夏)

🌟8月27日(日)

 ある本を名著たらしめる特徴とはいったいどのようなものでしょうか。

 社会を深く洞察したテーマ設定、フィクションなのに「本当にありそう」と思わされるキャラクター描写、一貫して論理のブレが無い人物関係性など、言葉にしやすいもの、しにくいもの含め、様々な特徴が考えられます。

 カズオ・イシグロ氏による名著『クララとお日さま』では、少女ジョジーと、AF(Artificial Friend:お友達ロボット)のクララを中心にさまざまな人間模様がくりひろげられています。人工知能やロボットが圧倒的なスピードで私たちの社会に組み込まれていく昨今、そうした新しい存在との付き合い方や私たちの在り方を、物語を通じて問い直される一冊です。

 研究集会の一部として、南谷奉良先生がテキストマイニングの手法をもちいてこの著書の解析を行った研究結果について発表しました。たとえば「お母さん」という単語に対し、ジョジーはアメリカ英語の「Mom」、幼馴染のリックは「Mum」といった具合に表現を一貫して使い分けていることがわかり、イシグロが人物の呼称に細心の注意を払って区別していたことが例証されました。

 読書中、読者がはっきりとは認識しなかったとしても、どこか社会の縮図を表しているような納得感のある物語展開を感じさせられる理由の一つは、こうした細かい表現の徹底が効果的に働いていることにあるかもしれません。テキストマイニングという手法が、今までは定量的に解析できなかった文学の特徴を炙り出す強力な武器となる可能性が共有されました。

 一方、ただ新しい手法を導入するだけでは受け入れられないと南谷先生は話します。テキストマイニングを用いたうえで、その計量データをテクストに差し戻し、どんな新しい解釈が可能になるのかについて、さらに検討がなければなりません。たとえば、シリアスな場面で叫ぶ「Mom!」と、何気ない日常で呼びかける「Mum」は、その単語に含まれる意味の重みづけを同等に扱い、同じ1単語として計算しても良いでしょうか。テキストマイニングが炙り出す事実はいったい何を表すのか、どのような文脈で新しい価値の再発見となっているか、つねに考察を深める必要があります。

 今回の南谷先生の発表テーマは、物語のなかで登場人物に対してどのような呼称が用いられているかに着目したものでしたが、そのテーマは第3班・和泉悠先生の著書『悪口ってなんだろう』(ちくまプリマー新書)に着想を得たものでした。新しいものは積極的にとりいれ、かつその手法がどのような特徴を持つのか慎重に吟味する。さらには分野をこえ、新しい人的交流を取り入れ、さまざまな観点からテーマについて議論し合い、新しい研究を生み出す。当プロジェクトはこうした循環を生み出す体制作りを着実に行っています。(文責:綾塚達郎)

🌙3班4班合同テキストマイニング報告

 中村靖子先生からは、リルケ (1910)における語り手の感情の変化が、一文ごとにセンチメント分析によってどのように表されるかという研究について、現在の進捗をご報告いただきました。現在進行中である『マルテの手記』のドイツ語の原文の分析に加え、複数の日本語訳の間でどのような感情表現の違いが見られるかについてもテキストマイニングを用いて定量的な分析を行えるのではないかとして、今後の展望を示されました。

 鳥山定嗣先生は「『源氏物語』の現代語訳のテキストマイニング 与謝野晶子訳と谷崎潤一郎訳の比較」と題し、『源氏物語』の現代語訳のうち、一般に「男性的」と評価される与謝野晶子訳と、一般に「女性的」とされる谷崎潤一郎訳それぞれの特徴を、ワードクラウド、箱ひげ図、ヒートマップなどを用いた分析によって可視化する試みについてご報告されました。

 南谷奉良先生は、「登場人物の呼称と「悪態」からみる『クララとお日さま』――テキストマイニングとChatGPTによる応用的読解」と題し、カズオ・イシグロの小説『クララとお日さま』(2021)を扱ったテキストマイニングの実践例をご紹介されました。その際、罵り言葉を学習するヨウムや、コロナ禍における罵り言葉の増加を例に、言語獲得におけるミラーリング行為の問題や、悪態がもたらす心理的効果を取り上げ、それらを踏まえて、呼称、罵り言葉、卑猥語などに注目した登場人物ごとの語彙の定量的分析による、新たな作品解釈の試みについて報告されました。

 質疑応答では、テクストの統計的な処理に基づく感情表現や人物像の分析という観点から活発な議論が交わされ、文学研究と心理学の関連性や応用可能性についても言及がなされました。(文責:大阪大学大学院人文学研究科 博士前期課程1 年  葉柳朝佳音 )

🌟8月28日(月)

2023.6.18-21 呼吸哲学学会参加報告

 第5班のメンバー池野絢子は、2023年6月18日から21日にかけてスロベニアのポルトロシュで開かれた国際学会Respiratory Philosophy: A Paradigm Shift in Philosophyに参加しました。

 私たちの生にとって根本的なものであると同時に、あまりにも身近な現象である呼吸は、これまで西洋哲学の領域で中心的なテーマになってきませんでした。しかしリュス・イリガライやペーター・スローターダイクを先駆として、近年では哲学の分野でも研究が進んでいます。本学会はスロベニアのZRS Koperと神戸大学のKOIAS(神戸雰囲気学研究所)の共催によって開催され、非西洋圏の空気や雰囲気をめぐる議論をも広く参照しながら、従来の哲学のありかたを問い直すことを目指したものです。

 池野はKOIASのメンバーの一人として本学会に参加し、Figures of Breathing in Contemporary Art: The Artist as a Bricoleurと題した研究発表を行いました。20世紀以降の芸術家たちが空気や呼吸という、形のないものをどのように表現してきたか、そしてとくに1960年代の芸術家たちが呼吸のテーマにいかなる意味を見出そうとしたかを検討する内容です。空気、特に空気の動き(風)をいかに表現するかは芸術家たちが幾世紀にもわたって取り組んできた課題ですが、本プロジェクトとの関連で考えると、人新世時代の芸術における空気や大気の表象についても考えることができるように思いました。第五班の主催した岡田温司氏によるセミナー(2023年2月18日)はまさにそうした内容でしたが、本学会とちょうど同時期にヴェネツィアのプラダ財団でも人新世時代の気候変動と芸術をテーマにした展覧会Everybody Talks about the Weatherが開催されており、芸術の領域における関心の高まりが伺えます。他方で、呼吸は決して人間だけの営みではないので、それを人間以外の生物と人間との関わり(政治)のなかで考えてみる必要性を、本学会を通じて感じました。今回得られた知見は、第五班が2024年3月にローマで開催を予定している国際シンポジウムに向けて深めていきたいと考えています。

 4日間にわたる学会では、参加者の研究発表のみならず、呼吸を感じるワークショップやコンサートも開催され、終始リラックスした雰囲気のなかで進められました。なお、本学会での研究発表は、JSPS科研費19K13014の助成による成果であることを付け加えておきます。(文責:池野絢子)

2023.9.18 第3班特別会議

 2023年9月18日に大阪大学にて、第3班特別会議が開催されました。本会議では、大阪大学長井研究室のロボット研究環境および実際に動作するロボットの見学が行われました。

 ロットの温度、動き、サイズ、対面時の印象などを確認し、参者同士で議論を行いました。その中で、ロボットの故障や廃棄に関する話題も上がりました。このようなロボットが持つ脆弱性に関する議論は、第3班のテーマである”個人の主体化における脆弱性の意義の追求”に関連して、ロボットがどのように利用可能かについての考察に繋がり有意義でした。また、ロボットの言語獲得モデルに関する研究について宮澤が説明しました。知能ロボットを作ることで人間を知るという構成論的アプローチや、ロボットの言語獲得モデルの具体的な計算モデルについて、参加者の間で理解を深めました。加えて、長井研究室修士2年の日紫喜氏からは大規模言語モデルを用いたロボットの行動理由の説明に関する研究紹介があり、山本哲也氏からは2023年9月15日〜17日に行われた日本心理学会第87回大会での発表について、ChatGPTを用いた研究を中心に紹介が行われました。本会議を通して、第3班の研究におけるロボットや言語モデルの利用方法について、大変有益な洞察を得ることができました。(文責:宮澤和貴)

2023.8.16 『悪口ってなんだろう』(和泉悠著)合評会

 8月16日京都大学にて、研究会メンバーのひとりである和泉悠の新刊『悪口って何だろう』の合評会(表題「悪口と社会的痛み」)が開催されました。

新刊『悪口って何だろう』(ちくまプリマー新書)の概要

 本書は、研究会メンバーでもある著者和泉悠が行っている、言語のダークサイド研究を一般向けに解説したもので、特に「悪口」と日常的に呼ばれるものに焦点を当てています。「悪口はどうして悪いのか」「どこからどこまでが悪口なのか」「悪口はどうして面白いのか」という3つの問いに答えながら、悪口はヴァーチャルな劣位化(ランク付け)である、という主張を展開して擁護しています。

合評会での議論

 合評会では、参加者の全員から非常に有益なフィードバックを受け取りました。参加者全員が、英文学や発達心理学やロボット工学といった自身のフィールドをそれぞれ有しているため、哲学・言語学を研究背景とする和泉にとってとても新鮮なコメント・意見・批判が提示されました。本書では検討しきれなかったテーマや具体例などが数多く示され、それをきっかけとして活発な議論が行われました。

 ハイライトを紹介します。本研究会のテーマの一つと関連して、会話AI、自動掃除機やスマートスピーカーなど身近に存在するロボット、今後普及するかもしれない人間型のヒューマノイドが取り上げられました。そうした機械・人工物に向けられる悪口、そしてそれらが使う言語の特徴について議論が行われました。重要な観察として、『クララとおひさま』において、そうした機械がどのように記述されているのかという例が参照され、和泉による悪口の「ランキング/劣位化説」の観点からそれらの例がうまく理解できることが指摘されました。

 他にも、マイクロアグレッション、ヴァージニア・ウルフの女性差別批判、太宰治の自虐、類人猿や子どものランキング理解、ドーパミン回路と悪口の依存性といったテーマで活発な議論が交わされました。今後さまざまな媒体でこうした議論の成果を発表していく予定です。

2023.7.31 第3班の第4回班別会議

 2023年7月31日、オンライン(Zoom)にて第3班の第4回班別会議が開催されました。本班別会議では各班員の進捗報告に加えて、8/16(水)に実施する第3班・4班の合同企画案が話し合われました。

【南谷奉良】テキストマイニング用のデータ整備として、一人称の語り手を登場させるカズオ・イシグロの主要3作品The Remains of the Day (1989) , Never Let Me Go (2005), Klara and the Sun (2021)の章別のutf-8形式のファイルへの電子化及びテキストクリーニングを完了した。南谷研究室及び和泉研究室のOA・RAの協力があったことで、Klara and the Sunについては原文と翻訳を対照させた登場人物ごとの直接話法のリスト、Karel ČapekのR.U.R (1920)、自立型AIロボットが登場するIan McEwanのMachines like Me (2019)の主要登場人物三人の直接話法リストが完成した。また、7月までで共催企画である「終わらない読書会―22世紀の人文学に向けて」(南谷奉良・小林広直・平繁佳織主催)の第1,2,3回を実施した。今後も9月, 11月, 1月に3回分を開催し、年間で計6回の公開イベントを実施し、一般社会への専門知の還元と研究者ネットワークの拡大を図る予定である。他に京都大学にて生成AIを主題とするシンポを開催予定であり、本研究プログラムからは山本哲也氏にもご登壇いただく予定である。

【和泉悠】英文学作品 Klara and the Sun の日本語翻訳である『クララとおひさま』(土屋政雄訳)のテキストをすべて電子化するとともに、それぞれの会話文について、英日の対応表を作成した。文学と異なる媒体へと同様の分析を広げる目的のため、2023年春開始の児童向けアニメ作品『ひろがるスカイ プリキュア』『ポケットモンスター』の会話文書き起こしデータを継続的に作成することとした。表象が社会に与える影響という観点からは、子ども・若年層向けの作品を検討したいからである。同様の観点から、2023年度小学校国語教科書(検定教科書4種類、それぞれ1-6年生向け上巻)のテキストデータ化を開始し、現在1社分の1-2年生教科書のデータ化を終えた。

 「プリキュア」の会話データにおけるいわゆる「女ことば」に注目した計量的分析を開始し、その一部を2023年度科学基礎論学会にて発表した。「女ことば」の使用に関して、4名の主要キャラクターそれぞれに差異が存在することの指摘、また高年齢女性キャラクターとの比較を行った。

 関連する基礎研究として、『悪口ってなんだろう』(ちくまプリマー新書)を執筆した。ここでは、そもそも概念的に verbal abuse や harmful language といったものは一体何なのかを考察している。今後、人間から機械、そして機械から人間への発言を評価する際の基準を考察するのに役立つと考える。

【池田慎之介】昨年度,2つの調査を実施した。すなわち,成人期を対象としたオンライン調査で,視点取得がロボットに対する印象を変化させるか検討したものと,乳児を対象とした実験で,ロボットに報酬を与えることへの反応を検討したものである。今年度はこれらの成果を論文にまとめ,それぞれ国際誌に投稿し,審査を受けている状態である。また,今年度は幼児とロボットとの比較実験を実施する予定であり,同班で知能ロボティクスを専門とする宮澤先生との合同研究会を計画中である。

【宮澤和貴】大規模言語モデルのマルチモーダル情報統合能力について考察するために,ロボットが取得したマルチモーダル系列データを大規模言語モデルにより統合するモデルを作成した.このモデルに対して言語理解タスクと言語生成タスクを行い,言語情報と非言語情報の相互予測について評価した.実験の結果,大規模言語モデルは簡単なマルチモーダル系列データに対して言語情報と非言語情報を適切に統合して予測に利用することがわかった.今後は痛覚情報の利用や,ロボットの身体制御との統合を行うことで,ロボットが自身の身体に基づいて痛みを理解可能かを検証する予定である.

 上記の報告に続き、和泉悠先生の新著『悪口ってなんだろう』の合評会を8/16(水)に京都大学にて第3班・4班合同企画として行う運びとなりました。言語と主体化及び「痛み」を主題とする第3班と、セクシュアリティの多様性、ジェンダーを主題とする第4班の各班員の専門研究からのアプローチをもとに、悪口と「社会的痛み」の観点から同書を読み解く予定です。

2023.7.1 第2回理論班会議

2023年7月1日、名古屋大学文学部講義棟128室にて第2回理論班会議が開催されました。

 鄭弯弯先生は、「シャドウデータを用いたラベルノイズ検出方法」と題し、現代の情報処理機器の普及により、多様な分野で大量のデータが収集が可能になったという背景を踏まえて、従来の統計方法では扱いにくいノイズの多い観測データ・POSデータを扱うために、現在開発なさっているノイズ検知の最新の手法について紹介されました。また、自然言語処理における分散表現の発展がもたらす、テクスト研究のあらたな可能性を示されました。

 金信行先生のご発表では、「初期アクターネットワーク理論とテクスト分析」と題し、研究者カロン、ジョン・ロー、アリー・リップらの編集による著書、『科学技術のダイナミクスをマッピングする』(Mapping the Dynamics of Science and Technology)の思想史的文脈を解説していただきました。またそれを踏まえ科学技術研究における、ANTに基づく質的テクスト分析の着眼点、及び量的テクスト分析による展開について説明していただきました。

 鈴木麗璽先生は「シャーレの中のLenia:資源消費に基づく成長を伴うLeniaにおける、生物と環境の相互作用(Lenia in a petri dish: Interactions between organisms and their environment in a Lenia with growth based on resource consumption)」と題し、シミュレーションを用いた環境と生物の相互作用ダイナミクスの探求について発表されました。Lenia生物のカーネル(周辺密度積算関数)と成長関数に、資源チャネルと資源消費・回復ダイナミクスを導入することで環境条件を付加した、ボトムアップなルールに基づくLenia生物と資源環境の相互作用モデルをシミュレーションで実演していただきました。

 田村哲樹先生は「「熟議的な結婚」について」と題し、「民主主義的な結婚」の一類型としての「熟議的な結婚」について、その具体像を示されるとともに、従来の「結婚」の境界に対し、熟議に基づく結婚の境界についてあらたな可能性を示されました。「結婚」についてのフェミニズム/ジェンダー論の見解を踏まえつつ、そこで見落とされている「熟議」という要素について活発な議論が行われました。

 大平健太先生は、「遅れと共鳴2」と題し、特定のリズム(周期・周波数)が最大になって現れるような共鳴の現象について、自己フィードバックの遅れを加えた微分方程式を用いて発表されました。前回のご発表で提案された方程式に、指数のファクターを加えたより複雑な式により、一般には難しいとされてきた遅延微分方程式の解の挙動をある程度とらえることができる事例が示されました。

 大平徹先生は「確率的独立と相関:古典と量子」と題し、古典確率と量子力学の差異(例:ものごとの関係性を示す基準)と類似(例:個別の事例を離れて全体を見渡すことの必要性)を示しつつ、古典系、特に確率において起きる「意外な」ことが、量子系で「常識的」となる例を提示し、古典系と量子系の境界の探求とその展開についてご説明されました。

 平田周先生は、「社会学の科学認識論と社会主義」と題し、社会学の誕生による哲学的な問いかけの変容を検討するカルサンティ(1966-)の研究を紹介されました。前半ではサン=シモン(1760-1825)からラトゥール(1947-2022)に至る、近代のフランスにおける社会学の認識論の展開を概観し、後半では社会主義の再定義(自由主義の過度な生産主義・競争に対する排外的なナショナリズム、さらには両者に対する反動としての社会主義)についてご説明いただきました。

 中村靖子先生のご発表では、「スピノザ論争 Spinoza-Streit(汎神論論争)」と題し、加藤泰史編『スピノザと近代ドイツ——思想史の虚軸』(岩波書店  2022 年)をもとに、無神論者として危険視されいていたスピノザの哲学が、近代ドイツの思想史にもたらした多大なる影響を追いつつ、スピノザの汎神論に対する反発と接近の歴史をご紹介いただきました。

 各ご発表の後の質疑応答では活発な議論が行われ、それぞれの研究テーマの連関と、研究の分野横断的な発展の可能性について話し合われました。(文責:大阪大学 人文学研究科 博士前期課程1年  葉柳朝佳音 )

2023.5.31 第3班テキストマイニング研修会

 2023年5月31日に京都大学文学研究科南谷研究室にて、名古屋大学の鄭弯弯先生を講師として迎え、「テキストマイニング研修会」を実施しました。

 主催である南谷先生(京都大学)をはじめとして、和泉悠先生(南山大学)、鳥山定嗣先生(京都大学)、南谷研究室のオフィスアシスタント(OA)加藤柚月さん(京都大学 文学研究科 修士課程 英語学英米文学専修)の5名が参加し、テキストマイニングソフトMTMineRの使い方に関する研修会を受けました。はじめに参加者同士でそれぞれの研究課題を交換し、その後操作上不明な点を鄭先生に質問しながら、各々の分析内容に沿ってMTMineRを操作しました。

 今回は、南谷先生のテキストマイニング研究を補佐するリサーチアシスタント(RA)として私は本研修会に参加しました。20世紀英国の作家ヴァージニア・ウルフを研究対象とするため、ウルフの中長篇作品11篇をコーパスとして、MTMineRの初歩的な操作を学びました。準備段階としてのテキスト整形の方法から、特徴的な語彙を視覚的に表示するワードクラウド、使用される語彙の豊富さ、多次元のデータを低次元に圧縮した主成分分析などMTMineRの多様な機能を習得することができました。

例えば図1と図2はウルフ作品における各動詞の出現頻度上位の相関係数行列を用いた主成分分析の散布図です。A Room of One’s Own (1929, ARoOO) と Three Guineas (1938)のエッセイ2篇が左辺に、その他のフィクションは右辺に寄っているのが目につきます。小説作品が集まる右辺には動きを表すような動詞(go, move, sit, stand)が多くプロットされているようにも見えます。また、Voyage Out (1915)と Night and Day (1919)の初期長篇小説2篇は、後期のモダニズム的手法が前面に出た作品群から離れて重なり合うようにプロットされています。

 また図3は、名詞の出現頻度上位による作品ごとのヒートマップです。細かくてやや見にくいですが、エッセイ2篇が woman/man の2語の使用で顕著に区別されています。フェミニズムの古典ともされるこれら2篇において、男女のジェンダーに大きな関心が向けられていることが語彙の観点からも示されていると言えるのかもしれません。

 このように本研修会では、鄭先生の丁寧な指導を通じて、MTMineRの基本的な操作について多くを学ぶことができました。今後もRAの業務内でテキストマイニング技術を習熟させていく予定です。(文責:京都大学文学研究科 博士後期課程 英語学英米文学専修 平井尚生)

2023.5.26 第4班ワークショップ 「17世紀〜21世紀のフランス文学におけるジェンダーと性」

2023年5月26日、京都大学大学院文学研究科・文学部フランス語学フランス文学研究室にて、「17世紀〜21世紀のフランス文学におけるジェンダーと性」« Genre(s) et Sexualité(s) dans la littérature de langue française (17e – 21e siècles) » と題するワークショップを催しました。本プロジェクトメンバーのマリ=ノエル・ボーヴィウ(明治学院大学)と鳥山定嗣(京都大学)に加え、フランスからシャルル・ヴァンサン先生(ヴァランシエヌ大学)とラファエル・ブラン先生(リヨン高等師範学校)を、国内からジュスティーヌ・ル・フロック先生(京都大学)をお招きし、各自の研究紹介と意見交換をおこないました。

 ル・フロック先生は「マドレーヌ・ド・スキュデリー『サッフォーの物語』における女性の表象」(La représentation des femmes dans L’Histoire de Sapho de Madeleine de Scudéry)と題して、17世紀フランスの女性作家マドレーヌ・ド・スキュデリーの作品におけるサッフォーの描かれ方を通して、女性の教育やふるまいに関するこの作家の見解を紹介されました。

 ブラン先生は「18世紀における性差の問題を探求するためのアプローチ」(Différentes pistes pour une exploration de la question de la différence des genres au 18e siècle)として、フランス革命期にフランス語の「女性らしさ」を批判し、言語の「男性らしさ」を取り戻すべきという言説があったこと、カサノヴァ作品における言語とジェンダーの問題、ユートピア文学(両性具有、性差なき世界)など、さまざまな研究アプローチを示されました。

 ヴァンサン先生は「エリザベット・バダンテールの後、ディドロ、トマ、デピネ夫人を読み直す」(Relire Diderot, Thomas et Madame d’Épinay après Élisabeth Badinter)という観点から、現代フランスの思想家・フェミニストであるバダンテールの著作を批判的に検討し、18世紀の社会的・文化的背景を十分に考慮して、ディドロ、トマ、デピネ夫人をはじめとする18世紀の作家を読む必要を説かれました。

 ボーヴィウは「簡潔さのレトリックと女性差別」(La rhétorique de la concision au service de la discrimination : l’exemple de la discrimination de genre)という問題について、現代フランスにおける「コラージュ・フェミニスト」の運動を紹介し、簡潔さのレトリックがジェンダー差別の問題とどのように結びついているかを示しました。

 鳥山は「フランス詩におけるジェンダーとセクシュアリティ」(Genre et sexualité dans la poésie française)について、脚韻などに見られる言語的ジェンダーが作家のセクシュアリティとどのように関わるか、また16世紀以降の辞書や詩論書の記述が当時のジェンダー観をいかに反映しているか、その一端を紹介しました。

 その後、質疑応答および全体討議をおこない、人文学の研究を他分野(とくに生物学、行動学、進化心理学、精神分析学)に結びつける可能性(たとえば「両性具有」に関する言説と用語法の歴史的検討)や、海外の研究者と協力する可能性について話し合いました。(文責:鳥山・ボーヴィウ)