2024.8.19 第5回研究集会 理論班セッション 

🌟大平健太先生・大平徹先生 

大平健太先生・大平徹先生は、一つの言語としての数学の役割について報告されました。地震の予測、天気予報、コロナ感染の予測などを例に、こうした現実の事象が条件付き確率として数学的にどのように記述されるのか、さらに、予測の基礎となる予兆と、予兆の評価となる予測の結果の相互のフィードバックによって、条件付き確率がどのように変化していくのかを示されました。また、暗号の作成における数学の役割に注目し、数学を応用した技術が歴史に与えたインパクトや、現代社会を支える重要な技術への数学の応用例を紹介されました。

🌟大平英樹先生

 大平英樹先生は、「ハビトゥス(ある種の社会集団で共有される傾向性)を我々はどのように学習するのか」という問いを中心に、構成主義的情動理論の立場から、基本情動説との共通点・相違点を示しつつ、感情とそれに関連して引き起こされるアクションとの関係について分析されました。感情やコア・アフェクトの生成において情報処理の理論が援用可能であることを示した動物実験や、言語モデルを搭載した複数の人工知能(AI)エージェントをバーチャル空間で共同生活させる実験を紹介し、学習によってハビトゥスを獲得するプロセスがAIと人間において酷似している可能性を示唆されました。

🌟中村靖子先生

 中村靖子先生は、『マルテの手記』の全71の手記のうち、特に恐怖について記述した第19、第47の手記について、複数のモデルでセンチメント分析を行い、その結果をモデルごとに比較するとともに、Chat-GPTを用いた8つの感情(joy, trust, fear, surprise, sadness, disgust, anger, expectation)の判断を基に、センチメントの内容を分析する試みについて報告されました。また、構造的トピックモデルによって可視化された、フロイトの著作の主題の変遷をもとに、中期に主要なトピックとなる“Traum”(夢)、後期の主要なトピックである“Witz”(機知)に再注目し、脳内で起こる情報の圧縮と転換という観点から夢と機知の類似点及び相違点を考察されました。

🌟田村哲樹先生

 田村哲樹先生は、人間とモノやノン・ヒューマンの集合による行為や現象を、アクターネットワーク理論における「アクター」や「エージェンシー」という概念に基づいて脱人間中心的に記述する場合、政治という観点から見て人間のどのような資質が弱められるのか、反対に政治的なものとして一層強調されるものはなにかを考察されました。その際、AIやロボットが、何らかのモノやノン・ヒューマンの立場を「代表」 するという形で、AIやロボットを人間とモノやノン・ヒューマンの「媒介者(mediator)」として捉え直すことの可能性を検討されました。

🌟平田周先生

 平田周先生は、ハビトゥスの概念に反省性を取り入れ、ブルデューとラトゥールの社会学的立場を調停したこれまでの研究を踏まえ、ラトゥールが、我々に人間とは異なる生物の存在様態の探求を可能にし、世界を居住可能にするものとして主張する「習慣」という概念を紹介されました。一方で、ラトゥールとは異なる立場から世界の居住者としての人間と動物の関係を考察した論者として、バティスト・モリゾを取り上げ、我々が直面する環境や生物の危機は、自然を受動的なものとして考え、人間以外の生物を世界の居住者から除外しようとする我々の態度にあるとする議論を紹介されました。これらを踏まえ、こうしたモリゾの議論における「追跡」の概念と、ラトゥールの「翻訳」の概念の対応を指摘されました。

 討論では、以下のような観点から第5セッションのそれぞれの報告について、その展開可能性や相互の関連性が議論されました。

  • 言語モデルを搭載したAIが暮らすバーチャル空間において 個々のエージェントに固有の内部状態や個性が育まれているのか、またそれはどのようにして測定可能なのか?
  • 人間によって代弁・代理されることのない、ノン・ヒューマンによる政治について、ロボットやAIなどの人工物をノン・ヒューマンの代理として立てることはノン・ヒューマンの多様性を保証できるのか?
  • 何がハビトゥスに含まれるのか、例えば防災訓練や、コロナ禍における「新しい生活習慣はどうか?
  • ハビトゥスと文化の違いとはなにか?
  • 生物のジェスチャーや自然現象など、ノン・ヒューマン同士の非言語的(人間の言語によらない)コミュニケーションを政治という観点からどのように捉えることができるのか?

(文責: 大阪大学人文学研究科 博士前期課程2年  葉柳朝佳音)