
本ワークショップは、情動研究を人文学と認知神経科学の双方から検討し、Lisa Feldman Barrett 氏の構成的情動理論を軸として、情動史、インド哲学・ヨーガ思想、言語哲学・意味論の各領域を接続することを目的として開催された。
冒頭では、中村靖子より、AAAプロジェクトの趣旨が説明された。構成主義的な情動理解は、主体と環境との関係形成過程を重視するAAAプロジェクトの中核的関心と密接に関係するものとして位置づけられた。
続いて、大平英樹より、Lisa Feldman Barrett 氏の研究業績が紹介された。Barrett 氏は、情動研究を中心に心理学および神経科学分野で国際的に著名な研究者であり、300本を超える論文を発表し、Nature、Science、Nature Reviews Neuroscience などの主要学術誌にも研究成果を公表してきたことが紹介された。
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🌟伊東剛史(東京外国語大学):“The Significance of the Theory of Constructed Emotion for the History of Emotions: Retrospect and Prospect”
伊東:過去の情動経験を、現代の情動カテゴリーでそのまま理解してよいのかという問題提起にある。芭蕉の俳句やハムレットの独白を例に、私たちが「孤独」「悲しみ」「疎外」と読んでいるものは、過去の人々が同じように経験していた情動なのか、それとも現代的概念の投影なのかが問われた。そのうえで、情動を普遍的な生物学的反応とみなす本質主義と、情動を歴史的・文化的に構成されるものとみなす社会構成主義の限界が整理され、Barrettの構成的情動理論が、その両者をつなぐ枠組みとして提示された。特に重要なのは、情動には身体的・生物学的基盤がありつつも、「孤独」や「怒り」のような情動カテゴリーは、言語、文化、歴史的文脈、概念レパートリーによって構成されるという点である。
Barrett:伊東の発表を高く評価し、構成的情動理論を情動史に接続する意義について肯定的なコメントを行った。特に、情動を本質主義と社会構成主義の二分法だけで捉えるのではなく、身体的基盤と歴史的・文化的カテゴリー形成の双方を考慮する必要があることが確認された。また、ダーウィンの情動論をめぐって、現代心理学が歴史的テクストを現在の理論枠組みに即して読み替えてしまう危険性についても議論が行われ、歴史的文脈に即した読解の重要性が共有された。
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🌟岩崎陽一(名古屋大学):“Controlling Sensations and Emotions: What Pre-classical Yoga Masters Do”
岩崎:快を欲望し、苦を嫌悪する反応を止めることは可能かという問いを、前古典期ヨーガ思想から検討した点にある。発表では、知覚、欲望/嫌悪、意志、行為という心と行為の連鎖が示され、介入すべき地点は行為そのものではなく、知覚が欲望や嫌悪を生み出す段階であるとされた。『バガヴァッド・ギーター』では、悲嘆や絶望を直接制御するのではなく、その原因となる成功/失敗、得/失、快/苦といった二分法的評価を弱めることが重視される。この態度が「平等視」または「非差別的態度」である。結論として、欲望なしに行為し、その結果に執着しない実践を反復することで、感覚対象に対する情動反応そのものが次第に変容しうるという可能性が提示された。
Barrett:前古典期ヨーガの経験主義的側面に注目し、情動や痛みを線形的な「刺激→感覚→評価→行為」のモデルだけで理解するのではなく、過去の経験に基づく予測、カテゴリー化、行為計画の過程として理解する必要があると述べた。慢性疼痛やマインドフルネス瞑想に関する議論も行われ、苦痛を一枚岩の「苦悩」として捉えるのではなく、より粒度の高いカテゴリーとして再構成することにより、経験そのものが変容しうる可能性が示された。
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🌟和泉悠(南山大学):“What Does Emotional Language Mean? Dehumanizing Speech as Hierarchy Update”
和泉:情動的な言語表現は、単に感情を表すだけでなく、社会的関係や階層を更新する働きを持つという点にある。発表では、罵倒語、感嘆詞、卑語、敬語、反敬語、非人間化表現などが取り上げられ、これらは通常の記述文のように真偽で評価されるものではなく、話者の態度や発話状況に関わる使用条件的意味を持つと説明された。特に、敬語は相手を社会的に上位に置き、反敬語や侮蔑表現は相手を下位に置く働きを持つ。また、動物名を用いた非人間化表現は、対象者を「人間より低い存在」として位置づけることで、単なる悪口を超えて、社会的・存在論的な階層構造を言語的に更新する表現であると論じられた。
Barrett :「何がその表現を情動的言語にしているのか」という根本的な問いを提示した。これに対し、和泉は、情動言語というカテゴリーが自然言語の中に明示的なラベルとして存在するわけではなく、話者が情動的・表出的に負荷された表現として直観的に捉える表現群を、意味論・語用論の観点から分析していると説明した。議論を通じて、情動言語は単に話者の感情を表出するだけでなく、聞き手との社会的距離、上下関係、親密性、侮蔑、排除を操作する機能を持つことが確認された。
### 総合討論および Barrettのコメント
総合討論では、三つの発表を通じて、情動をめぐる人文学的研究と認知神経科学的研究の接続可能性が検討された。Barrettは、各発表に対して、分野横断的対話の重要性を強調した。特に、情動を研究する際には、心理学や神経科学だけでなく、歴史学、哲学、宗教学、言語学が提示する概念的・方法論的問いを取り込むことが不可欠であるとされた。情動は、脳内の固定的反応でも、文化的言説だけでもなく、身体状態、概念、言語、歴史、社会的関係が相互に作用する構成的現象であるという理解が、ワークショップ全体を通じて共有された。
文責:名古屋大学大学院人文学研究科附属人文知共創センター 鄭弯弯