講演:村井重樹(島根県立大学)
セッション2では、村井先生より「ハビトゥスの社会的基盤とその社会学的応用可能性――ポスト・ブルデュー社会学を見据えて――」と題するご講演をいただきました。
村井先生は、まずブルデューのハビトゥス概念及びハビトゥスを生み出す社会的基盤の分析に関する説明の後、ブルデューの社会学理論が受けた理論的な批判と、経験的研究を通じた批判を提示されました。そして、それらの批判を踏まえ、ライールの提示したハビトゥス論、すなわち、人々のハビトゥスが一貫性を持つか否かはそれを形成する社会的条件に依存しており、矛盾をはらむ社会的条件にさらされれば複数的・多元的なものとなる、とする論について説明されました。村井先生は、ポスト・ブルデュー社会学の課題は、ブルデュー時代から更なる細分化を遂げた社会がどのようにハビトゥス形成に関係しているのか、という問いに答えることであると述べられました。さらに、現代社会でハビトゥスの複数性と社会的文脈がどのように接続するかを問うとともに、細分化したものを認識した後、どのように統合・整理するか、ということも重要な課題であることを説明されました。
コメンテーター:金信行(北陸大)
金先生は、ブルデュー社会学と村井先生が研究している食の社会学との関係や、ブルデューのハビトゥス論における資本量の測定基準、また性向と文脈について質問され、それらについて村井先生より具体的な説明がなされました。また、ライール研究の価値についての質問に対しては、新規要因の発見ではなく、現代社会を再調査し理論を再構築する実証的価値を強調されました。
コメンテーター:大平英樹(名大)
大平先生は、個人・社会・個人と社会の間の三つの内、どこにハビトゥスが存在するのか、という問いを立て、神経科学的視点から、報酬系や、予測的符号化仮設における予測処理モデルを踏まえたハビトゥス理解の可能性を指摘されました。続いて、事前に予測した知覚と感覚信号の二つから、処理を終えた認識が発生し、感覚信号の精度が低い場合、事前予測の方に近い認識が発生するといった知覚のプロセスとハビトゥス論の類似性が論じられました。。村井先生は、ライールが人格の多元性について強調しつつも実証していなかった点に触れ、科学的検証がなされることで、仮定ではなく、承認可能な前提になりうると回答されました。
質疑応答では、AIとの関係から、ハビトゥス概念における「身体化」という表現の必然性と、身体を持たないAIにハビトゥスが成立する可能性を論点として、LLMエージェントを用いたマシン・ハビトゥスの研究についての議論がなされました。また、複数的人間像の承認による理論化の困難さの問題、現代社会におけるSNS文化の影響力、ハイカルチャーの定義についての議論がありました。さらに、ライールの社会分析と、「分断化」との関係性、ブルデューのハビトゥス論とパノスキーの『ゴシック建築とスコラ学』との違いについてのコメントや、上流階級と庶民階級が互いの文化を体験しようとするカフェ・コンセールという場の例は、ブルデューの、全く異なる集団間では相互に憧れは生じないとする説の反証になるのではないか、といったコメントが寄せられました。
(文責:名古屋大学人文学研究科博士前期課程2年 吉野萌)