第2班では、5月にハワイ大学にて行われる東西哲学者会議と、8月にローマ大学で行われる国際哲学会議でのパネル発表が予定されています。今回のセッションでは、5月のハワイ大での発表内容のブラッシュアップのために、当日の発表と同じ順番で5人の先生方に構想を発表していただきました。この会議全体のテーマは「Trauma and Healing」です。
中村靖子先生は「Pain and Latency」をテーマに、神経表象と痛み、時間的に表出される痛み、「破壊的可塑性」という3つのキーワードについてご紹介され、フロイトやマッハ、マラブーなどを引用しながら痛みとは何かについて考察を展開していただきました。
和泉悠先生はAIの時代におけるオンライン上の有害な言語的コンテンツとその分析について、特に日本語に焦点を当てて、理論モデルの概略を示すことを目的としてお話しいただきました。現在SNSで使用されている有害なポストの検出のためのガイドライン作成には日本語のデータセットがほとんどないという問題点を指摘し、日本語特有かつインターネット特有のヘイトスピーチが存在するということを背景にRobin Jeshionのcomtenptの概念の代わりにdowngradingの概念を導入し、人間同士の序列関係で言葉を把握していく試みを示していただきました。
岩崎陽一先生は、人間とAIの良好な関係性を探求する際に、ネットワーク中心主義を検討するために、仏教を手がかりとしてANT的な考え方を展開されました。具体的には、大乗仏教の中観派を中心とした苦の克服を実現する体系である仏教が、人間と非人間の関係性をANT的に理解する基盤となり得ることを指摘しました。また、先行研究としてFaure氏の見解を紹介し、多数のAIと多数の人間によるネットワークを中心に考えることで、より少ない苦を経験できる可能性があると示していただきました。
立花幸司先生は、人間とAIの関係を4つのタイプに分けて説明され、そのなかでAIを搭載したロボットは人間のパートナーになりうるのか、愛をベースにした関係を築くことができるのかということについてお話しされました。愛の定義を考え、ロボットによる愛と人間による愛との違いを比較し、人間にはロボットにはないエゴや限界が存在するため、それを犠牲にして与えてくれるというところに人間の愛の独自性があるのではないかという結論を導き、さらにそれに対する感謝や誠実さを持つことで、相手となる人間は道徳性=徳を獲得できるのではないかという着地点を示していただきました。
大平英樹先生には、脳の予測に基づいた処理というテーマに基づいてご自身の研究を総括し、予測の障害とされるトラウマに焦点を当て、他プロジェクトで行った検証も引用してお話しいただきました。トラウマや PTSD は、精神の恒常性が予測の障害によって崩れてしまった状態であると解釈し、それに身体反応の働きが大きく関わってくることを示し、人類史上で問題にされるトラウマになりうる現象をどう受容していくか考える際の視点を与えていただきました。さらに、AI は人間と同様にトラウマを持ちうるのかという疑問も提示していただき、今後の議論につながりそうな視点を得ることができました。
(文責:名古屋大学人文学研究科 修士課程1年 鈴木アキエ)