鳥山先生は、「言語のジェンダーと作家のセクシュアリティの関係性」について、文法上の性・脚韻の性・詩のリズムとジェンダーおよびセクシュアリティという3つの観点からご報告されました。文法上の性については、「夜」は多くの言語や神話で女性と結びついている一方、「月」は言語・神話間で性のゆらぎがあるとのことでした。脚韻の性については、男性韻と女性韻に関する言説は歴史的に変遷しており、16世紀では男性優位・女性蔑視であったのに対し、18世紀では両者のバランスをとろうとする傾向が出てきたとのことでした。詩のリズムとジェンダーおよびセクシュアリティについては、従来忌避されてきた11音節詩句を用いて詩作した詩人の系譜をたどり、それぞれの詩人の詩について詳しくご解説されました。最後には、文学・絵画における「両性具有」のテーマにも触れられました。
ボーヴィウ・マリ=ノエル先生は、「簡潔さのレトリックと女性差別」について、主に明治時代の日本のアフォリズムに焦点を当ててご報告されました。中江兆民・幸徳秋水・森鴎外といった明治の文学者が編纂した格言集の原本を調査し、西洋の「misogyny (女性嫌い)」に関するアフォリズムが日本でどのように受容され、どのように政治とかかわってきたのかということをお話しされました。明治時代には主に「金言」と訳されていたアフォリズムですが、大正時代になると「警句」と訳されることが一般的になり、アフォリズムの役割が教養的なものから読者を面白がらせるものへと変わっていったとのことでした。
立木康介先生は、現代社会が抱える「対象のモノ化、モノの対象化」という問題について、何人かの文学者や哲学者の言説を手がかりに論じられました。プルーストが作品で描いている「近さのなかの遠さ」という主題は、ハイデガー哲学における「物理的な近さは心理的な近しさをもたらさない」という認識と通底しており、現代社会のさまざまなメディアは「他者」(対象)との距離は縮めるが「近しさ」はもたらさないという点で、「対象のモノ化」を引き起こしているとのことでした。この「対象のモノ化」という現象を追求した人物として、ドゥボール、デュアメル、アガンベンにも言及されました。また、ゴミ屋敷問題に典型的に見られるように、近しい「他者」の喪失が「モノ」にとってかわられる「モノの対象化」も現代社会の病理だと指摘されました。
坂口菊恵先生は、「トップダウン/ボトムアップで見るセクシュアリティとジェンダー」という題で、とくに自閉スペクトラム症に焦点を当ててご発表されました。従来は主に男性ホルモンの過多という「超男性脳仮説」によって説明されてきた自閉スペクトラム症ですが、「自由エネルギー理論」を導入することで、自閉スペクトラム症の人の脳のはたらきとトランスジェンダーや統合失調症の人の脳のはたらきに共通項を見出せるなど、より多くのことが説明可能になるとのことでした。また、創造性と神経発達症・精神疾患・性自認のゆらぎとの遺伝的なかかわりについて、親が従事する創造的な分野によって子供の得意な分野の偏りがあるのかということを今後は調査されるとのことでした。
発表後の討論では、「文学者が天才的な作品を書いた理由は脳の発達特性によって説明できるか」「男女の身体性の違いは言語における性の分割に反映しているのか」といった議題について、活発な議論が交わされました。
(文責:京都大学文学研究科 博士課程2年 楠元淳平)