2024.7.6 第1班の第4回班別会議

2024年7月6日、名古屋大学人文知共創センター室にて第4回理論班会議が開催されました。

 中村靖子先生は、構造的トピックモデルを用いてフロイトのテクストにおけるトピックの変遷を視覚化し、特に中期に中心的なトピックとなる“Traum”(夢)と、後期に中心的なトピックとなる“Witz”(機知)に注目してフロイトのユーモア論を紹介されました。

 質疑応答では、著者の思想的変遷を扱う研究において量的研究に対して質的研究が今後どのように位置づけられるべきかについて議論がなされ、研究の妥当性の確認としての量的研究の意義が再確認されました。

 鄭弯弯先生は、語彙の難易度を推定するための指標として、単語の親密度を導入する試みについて紹介されました。単語の親密度は、単語の出現頻度とは異なり、言葉を使う人の実感に依存する主観的指標であり、出現頻度のみを用いる場合に比べてより高い精度で語彙の難易度を推定できることが期待されています。 

 質疑応答では、方言や同義語の難易度を比較する際に親密度という指標がどう働くのか、語の古さが語の難易度や親密度とどのように関係するのか、などが議題に上がりました。

 鈴木麗璽先生は、言葉を持ったエージェントを対戦させ、言語モデルを用いて特定の指標によって勝者が弱者にとって代わり、さらに低い確率で単語を変異させる言語の生態ゲームによって、言語を進化的に扱う試みについて報告されました。次いで、この生態ゲームのテキストマイニング的な応用の可能性について問題提起されました。

 質疑応答では、人間の代わりに生成モデルを被験者として用いる心理学研究がマスレベルでは一定の成功を収めていることなどを例に、高度な人工知能エージェントの出現により人間観が問い直される可能性が指摘され、言語モデルの心理学研究への応用可能性が議論されました。

 大平徹先生は、2つの方程式が独立している場合に比べ、同じ値のまま両者の間に遅れカップリングを導入するだけではるかに大きな振動が生じることに着目し、集団の相互作用が生み出すリズムや構造を、遅れ微分方程式を用いて記述する試みについて報告されました。

 質疑応答では、研究の独創性として、遅れを導入しない従来のモデルでは増幅し続けて無限に発散するものしか記述できなかったのに対し、遅れ微分方程式は微弱な信号から非常に大きな振動を生み出すものでありながら制御可能なモデルであるという点が強調されました。

 金信行先生は、技術イノベーションの発展に経済の観点を含める形で、ラトゥールとは異なる立場からアクターネットワーク理論(Actor-Network-theory: ANT)を展開したミシェル・カロンの議論を取り上げ、カロンが提案する、媒介物を含むアクターが、様々な翻訳を通じて構成する技術経済ネットワーク(Techno-Economic Network: TEN)という概念をもとにANTの応用可能性を検討されました。 

 質疑応答では人間の脱中心化という観点から、ANT的な記述において翻訳のプロセスから人間による評価が排除されえないことの是非や、現代において情報のアウトプット(テクストの制作)の主体となりうる人間以外のアクターについて議論が交わされました。

 田村哲樹先生は、「政治体」と「集合体」を区別しようとしたラトゥールの議論を取り上げ、ANTを踏まえた政治や民主主義の概念について再検討されました。また、人工知能の民主主義的・非民主主義的側面を腑分けして後者を抑制しつつ前者を活用する方向性を検討しされました。

 質疑応答では、ランダムな抽選による代表者の選出、AIエージェントの政治参加などを例に、平等性、多様性、中立性といった観点から民主的な政治参加とはなにかという議題があげられました。

 平田周先生はラトゥールのANTを都市研究に応用する試みについて報告されました。従来の社会学の代替ではなく補完として、ANTの役割を批判的に検討したニール・ブレナーの議論を基に、政治経済学との接合によるANTの有効性と、ANTの存在論的な限界について考察されました。

 質疑応答では、ブレナーの取る立場とANTの立場での視点の違いが指摘され、ブレナーの批判の妥当性が検討されました。また、ANTでは人間どうしの平等性だけでなく人間以外のモノを含めたアクター間の平等性について考察することができるのか、そのときの平等性の質的な違いをどう捉えるべきかなどについて議論がなされました。

(文責: 大阪大学人文学研究科 博士前期課程2年  葉柳朝佳音)